『ヒトは食べられて進化した』なんて本は子供に見せられないので捨てた




自分の子どもが不意に自分の手をすり抜けて、さらわれ、食べられてしまうかもしれないと考えたことはあるだろうか?

口にするだけでもはばかられるような、むごたらしい想像。

しかしこの体の中からゾワゾワと湧き上がってくるような嫌悪感こそ、

今の僕たちを作っている社会や、会話や、知性の源泉だとしたら

ここまで地球という星の形すら作り変えてしまうほどの力を手に入れたことにも納得がいくはず。

 

どーも、二人の我が子を肉食獣に食べられないためなら悪魔に魂を売り渡すこともいとわない方のパパブロガー、丸ゴリです。

今回、子どものスペースを増やすべく古い蔵書の処分を進めている中で、『ヒトは食べられて進化した』というキワモノ系とんでもポピュラーサイエンス物の本を読み返してみました。

本の内容、ポイントから抜粋しつつ、「僕達はなぜこんな風に社会に参加し、会話して、考えるようになったのか」がハッキリと明快にわかるような記事になっていますので、

飲み会で知的に偏見をぶちまけて、後輩を朝まで付き合わせ、翌日女子社員の間で「うわ、出たよ。インテリゴリラ」と罵られたいM属性の方は是非読んでみてください。

人間が食べられるための6ステップ

人間がヒョウやヘビ、オオカミやその他諸々の動物に食べられるためには6つのステップを踏む必要があります。

肝心なことは、他の生物を食べる生き物は必ずこの6つのステップを踏むことで食事を完了させるということ。

肉食動物のテーブルマナーですね。

そして人間を含む食べられる側の生き物はこの6つのステップのいずれかに特化して対策をしています。

ナナフシや尺取り虫などの昆虫は木の枝のような見た目になる『擬態』という方法で、捕食者からの『発見』を防いでいます。

ハリネズミやヤマアラシなどのトゲを持つ動物はいかにも食べられない見た目で『識別』を防ぎ、

サイや一部のウシなど、ツノを持ったり、身体を大きくした動物は捕食者を返り討ちにすることで『征服』に対策をしています。

では人間に関してはどうかというと一番最初の『遭遇』に特化させました。

ステルス迷彩のような身体を最初から身に付けて『発見』を避けるようには進化しなかったし、

いかにも食べたら不味そうな異色肌ギャルのような見た目になって『識別』の対象外にいくこともなかったし、

90年代のJ-POPにおいて死ぬほど憧れられた翼は終ぞ、生えてこなかったので『接近』を避けて大空へ羽ばたくこともできません。

人間の能力のルーツは食べられ続けてきたことにある

人間が捕食者との『遭遇』を避けるために特化させた能力とは、具体的にどんなものでしょう?

集団による絶え間ない目視
警告音の発声
捕食者を出し抜くための知性

この辺りの「人間だけが異様に発達させた特徴」は全て、捕食者との『遭遇』を避けることに特化したものです。

大規模な社会集団による危険の監視

捕食者との遭遇を避けるために、群れを作ることで監視の目を強化する。

これは多くの草食動物でもよく見られるものです。

もちろん肉食の動物も群れを作りますが、数が違います。

肉食の動物は分け前が群れに行き渡らなくなるほど大きな群れは作りませんが、人間と同じ社会性動物である類人猿は分け前が行き渡らないどころか、時には種を超えた群れを作って捕食者への監視の目を強化します。

この点からしてみても人間は明らかに食べられてきた側ですね。

このことが現在では地球の裏側の人間とも繋がり合うほど大きな群れを作り出しました。

警告音の発声のバリュエーションが会話に

群れで危険を監視し合うということは、危険を察知したらお互いに伝え合わないことには意味を成しません。

危険を察知して自分だけ逃げるような個体は結局、その先で孤立した挙句、捕食者との遭遇を避けられなくなります。

その結果、多種多様な鳴き声を使い、危機を伝え合う必要が生まれました。

人間の敵は空にも、陸にも、水辺や、樹木の上、様々なところにいましたからそれぞれに違う対応が求められます。

「ウキー!」だけじゃ仲間もどうしたらいいかわかりませんからね。

いつも的確でわかりやすい鳴き声を使い分けて指示をする個体の周りにいる者は生存率が高かったでしょうから、結果として子孫にも鳴き方が上手いという形質が受け継がれていったはずです。

また、樹木の実りが最も豊かとされる森林周縁部から広々としたサバンナへと活動の範囲を広げた人間の『鳴き方』にも変化が訪れます。

見通しの悪い森林で暮らしていた今までは、捕食者との遭遇はかなり接近した状態からのスタートであったため、即行動という短い鳴き声が求められましたが、

広々としたサバンナでは遥か彼方に捕食者を見つけることも増えます。

そうすると『敵の状態』を説明するためのグラデーションが必要になりました。

 

何が見えるのか、

どのぐらい離れたところにいるのか、

どちらの方角にいるのか、

群れでいるのか、単体なのか、

こちらに気付いているのか、いないのか、

今すぐ逃げるべきなのか、様子見で構わないのか、

この敵との曖昧な距離感を正確に伝え合うために鳴き声を組み合わせていったものが会話の原型と考えられます。

余談になりますが、現代人が当たり前のように飾っている『風景』の絵画や写真。

鬱蒼とした森や見通しの悪い草むらだけを描いたものより、草原や海などの開けた景色のものの方が一般受けしますよね。

この開けた場所を解放的で、心地が良いもの、美しいと感じる『感覚』がまさに人類が食べられる恐怖、すぐそこに捕食者が迫ってきているかもしれない恐怖の裏返しだとすると、妙に納得しませんか?

世の中の美的感覚も突き詰めれば全て、自分の損得という現金なものに由来するのかもしれません。

捕食者を出し抜くための知性

捕食者との『遭遇』を避ける一番の対策は捕食者がいないところで生活すること。

そのためには捕食者を知り、その裏をかく必要があります。

『遭遇』を避けるスペシャリストとして進化した人間が得た最強スキルが『賢くなる』ことでした。

その副産物として、現在の人間の『意識』を中心とした世界があると言ってもいいぐらい。

つまり、最初は食べられたくなくて必死こいて考えて、考えて、逃げて、逃げて、逃げまくっている間に

あれだけ怖かった大型の肉食獣を今では膝の上に乗せてナデナデするまでになったのが今の人間というわけです。

人間の習性に基づいたストレスの少ない社会への関わり方

これらの事実から導き出されるのは、人間本来の習性に逆らわずに生きることで、日々の生活のストレスを軽減できんじゃないの?っていうことです。

スマホだのリモートワークだの、働き方や社会への関わり方、人間関係からそれに付随する健康管理まで。

あらゆることがコロコロと変わって、さも「これが一番新しくて素晴らしい」という意見がネットを通じて闊歩していますが、

本来、進化や適応なんて一個体の生涯の中では起こり得なかったわけで。

人間本来の習性を知らずに、都度都度新しいもの、流行っているもの、見てくれの良いものに飛びつくと『食べられて』終わっちゃいますよ?というのがこの記事の趣旨です。

ちなみに、700万年前の人類の原型、サヘラントロプス・チャデンシスより続く『人間の説明書』に基づいた正しい社会との関わり方はこのようなものになります。

※『ヒトは食べられて進化した』第10章 狩られるヒトより抜粋

25~75人の頼れる仲間の中で助け合って生きていく

捕食者からの防御のため、群れで暮らしていた。危険をいち早く察知するためにこのぐらいの人数の組織というのが一番人間にとってはしっくりくる集団の定員数。

大企業とか、地域や国などはじつはかなり無理した概念的なものと言えますね。

多彩な移動様式を使う

木と地面、両方をフルに使うことに長けていた。

元々、木にぶら下がって移動する『懸垂式』の移動方法に適応して、体が胴体→腰→足が直線になることが日常的に自然に行われていたため、それが結果として二足歩行で地面を歩くことにも優位に働きました。

しかし、ある時を境に二足歩行だけになったとかいうことでもなく、森林とサバンナ、樹上と地上をうまく使い分けて適応してきたので、

1日の中で立つ、座る、歩く、走る。こういった動きがバランス良く行える環境が一番体にはいいでしょう。

柔軟性のある社会組織を作る

基本的には小集団で行動し、危機が迫った場合には大きな集団となって捕食者を監視したり、大多数で脅かすなどして捕食者を避ける行動をする。

普段は小さなチームで行動し、場合によってはいくつもの他チームと連携できるような集団はかなり原始の社会に近く、強いですね。

社会集団の中に必ず男がいる

移動する時や、どこかに落ち着く時、他の集団と接触する時など必ず多くの男がいる。

女性だけの組織、男性だけの組織というのは人間という種族としてみるとかなり歪な集団ということが言えますね。

男を見張りとして使う

時には見張り役、囮として機能することで女や子供を守るために真っ先に犠牲になる。

ひよこさん
悲しいけどこれ、現実なのよね

現代社会において「勇敢」というパッケージングがされた行為を積極的にとっていくことは、危険ではあるけれども自尊心を取り戻しメンタルを安定させることにも繋がるのかもしれません。

泊まり場を注意深く選ぶ

逃避種、集団がひとまとまりになって、安全なところで休むことが自然。

一人暮らしの女性、シングルマザーの家庭で感じる不安感などはもしかしすると、この辺りが原因なのかもしれません。

一人で頑張りすぎず、実家に身を寄せるなどの行為は実はとても理にかなっていると言えます。

相手より一歩先んじること

常に考え、目を凝らし、仲間と意思を伝え合って、なるべく早い段階で危機に対策するために知性が発達した。

何か悪いこと、まずい状況に追い込まれるまで何もしない

気がついたらいつも悪い状況に巻き込まれている

こういったことが多いようであれば、一度自分の身の回り、社会への関わり方を考え直すきっかけにした方がいいかもしれないですね。

幸い、現代のニャンコは人間を食べませんからね。

あなたは毎日食べられている -共喰いを続ける人間の新たな天敵ー

肉食動物からの捕食を避け、共喰いし続けてきた経済的動物である人間にも最近新たな『捕食者』が現れました。

それが大企業です。

人間が新たに出会った、この強大な捕食者は非常に狡猾で、気づかないうちに養分を吸い取っていく大きな植物のようです。

あらゆる場所に生い茂り、実に様々な狩りの手段を使って人間から『お金か時間、あるいはどちらも』奪い取っていきます。

人間はなかなかそれに気づくことができないため、さも自分からその身を捧げるように、人生の集合体である時間を使い、お金を稼ぎ、大企業にひたすら養分を注ぎ込みます。

しかし、社会の成員のほとんどがそのシステムに加担しているため、経済的動物であると同時に社会性動物でもある人間はそれに抗うという選択肢を選べません。

まるで生まれた時から養分になることが決まっている家畜のようです。

新たな捕食者を避けるために

この新たな捕食者から生き延びるためにはどうしたらいいでしょう?

それにはやはり『原点回帰』ですよね。

祖先が進化させた捕食者への対策は、実は今でも有効なんじゃないでしょうか?

資源を獲得するための小集団で行動し、監視の目を怠らず、危機に対しては大きな集団となって監視の目を強め、敵を脅かし、反撃し、バラバラに逃げる。

小集団というのは血縁にしろ、地縁にしろ、現実世界にしろ、SNS上にしろ、『利害関係の一致』が見られればそれは仲間とみなしていいんだと思います。

自分が困るようなことはあいつも困るはずだ。だから知らせよう。あいつも教えてくれるはずだ。

つまり、信頼できる人を大切にしようという、わりとありきたりな結論になりましたね。

逆に言えば、なぜ信頼してくれる他者を裏切ってはいけないかといえば、自分の生存のためであるとも言い換えることができます。

まぁその恐怖の対象である『捕食者』と信頼できる『あいつ』は、どちらも同じ顔をした人間なんですけどね。

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