「人生は冒険だ。地図は無いけれど…」っておかしくない?

 

僕はディズニーがけっこう好きな方でして。

子供のころから家が舞浜に近いこともあり、おそらく一年に一度もディズニーリゾート(ランドにしろシーにしろ)訪れない年はなかったと思います。

 

ディズニーシーに対する違和感

 

パークの中でもお気に入りのアトラクションの一つに『シンドバッド・ストーリーブック・ヴォヤッジ』というボートに乗るアトラクションがあります。

 

このアトラクション内で流れる歌『Compuss of Your Heart.』が好きで、よく家でも口ずさむんですが、先日手帳を前にモヤモヤを抱えていた時にふと思ったんです・

え?なんかおかしくない?って。

 

『Compuss of Your Heart.』のサビの歌詞にはこうあります。

 

人生は冒険だ

地図はないけれど

宝物探そう

信じて Compass of your heart

 

もしあなたが中世のアラビア世界にいたとして、

冒険に地図なしで出かけようとしてる友達がいたらどうします?

 

止めますよね、普通に。

 

「この死にたがりがっ(パシッ」ってやりますよね?

 

だってそれが友達だもん。

 

「いいじゃんいいじゃん!行ってきなよ!」

なんていう奴がいたとしたら、そいつは友達でも何でもないただの畜生です。

 

何が言いたいかというと、冒険だとわかっているのに地図も持たずに飛び出すのは無謀だということです。

 

スピンオフの主役の冒険に必要なもの

 

シンドバッドが地図無しの冒険に出ることに違和感を持たないのは、それはシンドバッドが物語の主人公で、うまくいくことがわかっているからです。

 

ディズニーは夢を売る仕事ですから

 

 

 

「誰だって人生という物語の主人公」

「君の心の声に従って歩みだせば必ず道は拓ける」

 

 

と言います。

 

言わざるを得ない。

 

 

 

「誰だって(誰かの)人生という物語の主人公(のサポート役)」

「君の心の声に従って歩みだせば必ず道は拓ける(と思う。どうやるかは知らんけど)

 

 

 

とは言えないですもん。ミッキー。

 

だけど僕みたいな心のコンパスに従ってたら座礁しまくり、遭難しっぱなしの「アレ?もしかして自分って主人公じゃない?」って人にはそれじゃ足りないんじゃないかと思うんです。

 

方角だけを示してくれるコンパスではなく、

何日かけて、どれだけ進んだら、どういう岬があって、

そこまでたどり着いたら何が見えるから、次はどう進むのか。

必要なのはそういったことが具体的に記されている地図です。

宝物を探しに行くにはやっぱり地図が必要です。

 

そして自分の夢、やってみたいことなんていう誰も実現したことがないものを相手にすることは

まさしく見渡す限り水平線の大海原を渡っていくようなものです。

地図や海図無し、コンパスのみで航路を決めて進めるでしょうか?

 

最古の人類はどうして地図なしで海を渡ることができたのか?

地図なしで挑む航海のイメージ

太古の昔、アフリカで発生した人類はアジアを経由してオセアニアにまで移り住み、最後は小さなポリネシアの島々まで渡りました。

 

地球上の誰もあるかどうかもわからない島を目指して家族や大事な財産を全て積んで大海原に飛び出したんです。

 

すごい覚悟ですよね。

船を着ける島がなかったら全滅の、まさしく冒険です。

 

だけどもそんな太古の人々が無謀だったわけではありません。

 

彼らは渡り鳥が何もないはずの海の向こうからやってくることから島の存在を確信に変え、

夜空の星の位置から360度水平線しか見えないの中でも自分たちの位置と、戻れる島の距離感を正確につかんでテストを繰り返し、

計画を立てて大海原を渡っていきました。

 

太古の人々がそこまで慎重を期して、未知に挑戦していたというのに、

返って自分は熱意や興味というキレイなもので飾り立てることで考えることを放棄し、

口ではやりたいやりたいと言いつつも、本当は叶えるつもりなんてないんじゃないのか?

 

そう思えてきたんです。

 

大海原にも似た人生に漕ぎ出すのは確かに大変です。

だけれども本当に送りたい人生という宝物を見つけるのはやっぱり地図がいりますよ。

そしてその地図を書けるのもやっぱり自分しかいないんですよね。

そんなことを考えていたら、なおのこと手帳って大事だな、って思えてきました。

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