【腰痛持ちのパートのレジ打ち、感染して死亡】フラグが立ちました

なんてことはない、新型コロナウィルス感染症絡みの話です。

僕は今回の休業要請に当たらなかったホームセンターで働いているんですが、

今のところ身体の不調は一切無く、またホームセンターという業態であったこともあり、実感としては『終わりの見えない超大型連休』の真っ最中、といった感じです。

売り上げも前年比110%前後を推移しており、分野によっては160〜200%にも達し、コロナ以前よりも忙しい状態が続いています。

しかし、売上とか、雇用がどうとか、そんなことはどうだっていい。

一番強く感じているのは、言いようのない憤りと敗北感。

 

今回は助かったけど次はないぞ、と。

 

 

だってそうじゃないですか。

僕は養わなければいけない家族がいる立場であるにも関わらず、

 

テレワークが選択肢に入れられなかった。

 

これはハッキリ言って致命的な、言葉の綾ではなく本当に『致命的な』職業選択のミスなんですよ。

世界的な感染症が蔓延している中、恐らく、今、世界で最も集客してしまっている商業施設の最前線で働き続けるという、 『接客業に依存し続ける恐ろしさ』について少し書きたいと思います。

 

世界的感染症が流行した時の東証一部上場企業はどんな対応をしたか?

僕が勤めている店は従業員が約180名おり、 出勤者のほぼ全員がおよそ9時間に渡って不特定多数の人間と濃厚接触し続ける。

レジ通過客数は1日で1〜1.5万人。

この状況の中マスク一枚と手洗い迎合レベルの対策で現時点で3ヶ月以上、一人の感染者も出さずに、従業員みんな元気に濃厚接触しながら文句ばっかり言っている。

幸か不幸かはさておいて、僕の置かれている状況としてはこんな感じです。

いわば、ほとんど丸腰。

今回の『新型コロナウィルスの殺傷能力にムラがある』せいで、政府や大企業の経営層は大きな決断をズルズルと後回しにしてもなんとか持ち堪えていますが、これってたまたまなんですよ。

 

何が”たまたま”か、わかりますか?

僕がまだ死んでないことです。

 

 

僕に限らず、全国の接客業に従事していて、なおかつ休業もしていない人たちが死んでいないのは、たまたまそのぐらいの殺傷能力のウィルスだったから、

「まぁ、休業までしなくても平気でしょ」 が通用したんです。

この先はまだわかりませんけどね。

 

接客業のメリットと致命的なデメリット

接客業に従事する側の視点でメリットはズバリこれです。

 

対面で接客ができるということの即金性の高さ

 

例えば、飲食店であれば腹が減った客に食事とサービスを提供すれば、その場で現金をもらえます。

接客販売にしても似たようなことが言え、仕事の内容も普段から見聞きしているので、とりあえずの働き口として従事する人が多いです。

 

ハッキリ言って勉強するのが嫌いなバカでも就けるのが接客業。

 

 

ろくに勉強もしてこなかったのに今でも接客業で働けている僕が言うんだから間違いありません。

 

しかし、これを成り立たせるにはサービスの提供者と客が直接会うための『場』が必要です。

その『場』を用意するのは従業員を雇う雇用側なわけですが、 今回はそこを狙われました。

 

 

接客を中心とする販売やサービスの提供でお金を稼ぐ業種にとって必要な『場』が、感染症を流行らせる原因となってしまった。

 

そうすると、どうしたってその『場』に対して政府は選択を迫られます。

『社会を生存させる』ことを目的に、要・不要で階層分けがなされ、より外側の不要とされた業種は休業へ。

社会的インフラに近い側に仕分けられた業種は感染への対策もままならない状態で混乱の中営業を継続。

 

『人から人へ移る感染症』というものの前に、接客によって金を稼ぐことをメインとした業種はとにかく弱い。

 

 

人と接しなければ感染はしないけれど、金も稼げない。

人と接し続ければ金は今まで通り入ってくるが、いつ感染するかわからない。

しかも、それを自分の意思で決めることはほぼ不可能で、自分の会社が「やれ」と言えば今まで通り働き続けるしかないわけです。

つまり『赤紙』が来たら徴兵に応じないと生きていけない人種なんですよ、僕たちは。

 

アパレルのパートや、飲食店のバイトで『殉職』する覚悟はあるか?

『場』無しに日々の収入を得ることができない僕たちは極論、

次の感染症が来たらまたもや

『飢えて死ぬか、感染して死ぬか、どちらか選べ』

という選択を迫られます。

 

 

必ずです。

地震が来ても、津波が来ても、原発が爆発しても、

『場』に生活費を依存し続けているかぎり、この選択を定期的に迫られます。

 

 

『◯歳 サービス業店員 感染症により死亡』

 

今まで通り、スーパーのレジ打ちのパートを続けたいなら、こんな風にネットニュースの1ページに載せられて死ぬことに対しての覚悟を決めないといけない。

 

でもあんなもん、命賭けてやるような仕事じゃないですよね。

僕もこの状況でレジ打っててつくづくそう思いました。

しかし、当然のことながら僕も『殉職』の覚悟も決められないまま、今もビフォアーコロナと変わらない働き方を続けている。

続けざるを得ない自分をまざまざと見せつけられている。

「パパはこんな時でも困ってる人のために頑張ってる」なんて戯言じゃあ許されないですよ、これは。

そんな立派な仕事はしていません。

 

しかし、収入源を会社や店などの『場』に依存した働き方をするということは、逃げたくても逃げられないということ。

 

 

もっと感染力が強く、もっと毒性の強いウィルスが次に蔓延したら?

必ずくると言われている南海トラフ大地震が実際に来て、また原発から放射能が撒き散らされたら?

 

自分の命も、今いる家族や将来増えるはずの家族も守れない、『弱い働き方』なんですよ。

今回のこのコロナウィルスのうねりの中で、『場』に依存しない働き方ができる業種と、できない業種で文字通り生死がハッキリと別れてしまいました。

僕は今のところ、たまたま、『社会的インフラ』に位置付けられたホームセンターに従事していたから難を逃れていますが、こんなもの、

「事故車が猛スピードで突っ込んできてたまたま轢かれなかった」ぐらいのもので、次に同じようなことがあればどうなるかわかりません。

皆さんはどうですか?

 

IT関係の仕事に就けばいいとかそういう単純な話じゃない

 

佐藤クン
よーし、そしたらテレワークができるようにIT関係に転職だー

 

今の時流に乗ればこういった考えに帰着する人も多いかと思いますが、ちょっと待てよ、と。

それじゃあパートのレジ打ちに就くマインドセットと何も変わってないんですよ。

最大の問題点は何か一つに賭けてしまうことです。

 

 

これやっちゃうと、今回の【新型コロナウィルスによる感染症がパンデミックを起こし、世界中の経済がガタガタ】なんていう風にルールが丸ごと変わる可能性に耐えられない。

僕たちのそういうところがバカなんですよ。

すぐに何かにすがりたがる。

まずはこの依存体質、これをやめないといけない。

 

僕も実はブロガーの端くれで、日々アクセス数を気にしながら物書きをして広告収入を得ているわけですが、

そんなブロガー&アフィリエイターなら誰もが知っている”災害”があります。

 

『Googleアプデ』というものです。

 

Googleアプデとは

Googleの検索エンジンがどのwebサイトを上位表示させるかを決めている基準が、何の予告もなく、急に変わること。

これによって今まで検索上位に表示されていたサイトが一気に見えなくなる、

つまり誰の目にも触れなくなるので広告収入が”0”になります。

僕のようにお小遣い程度ならまだしも、専業アフィリエイターとして生活の糧をそこに頼っている人にとっては死活問題です。

そういったプロ達はGoogleアプデによるダメージを軽減させるために、収入源となるサイトを複数持ったり、ジャンルを分散させたり、あの手この手で対策しているようですが、そのGoogleアプデの頻度が近年、増しています。

1年に2〜3度、手塩にかけたWebサイトが消し飛ぶという”被災者”が増えてきているんです。

そのせいか、おかげと呼ぶべきか、専業アフィリエイターとして食べていた人たちが再就職して『社会復帰』していくといったことも起こっているのがこの界隈。

家にいながら、誰にも依存せずに稼ぐことができるという、スーパーのレジ打ちとは全く真逆の性質を持つアフィリエイターの世界でもこういった『弱さ』を多分に含んでいるわけです。

つまり、もう何か一つのことを頑張れば何とかなる時代じゃないんですよ。

 

持ち駒は多い方が良い

 

  • 殺傷能力を持ったウィルスが蔓延してるのに、未だに対面接客のレジ打ちのパートを辞められない
  • 腰痛持ちで歩くのにも片足を引きずるような状態なのに、1日8時間、週に5日立ちっぱなし
  • 若い頃のように反射神経もないし、新しいことも覚えにくいのに、孫みたいな年齢の客から怒鳴られる

 

正体不明のウィルスが蔓延していることもそうですし、ひどい腰痛だったり、四肢にどこかしら不具合を抱えていてまともに動けなかったりする、そんな状況でもスーパーのレジ打ちに働きに出なきゃいけないっていうのは、やっぱりどう考えてもおかしいですよ。

誰もこんな老年期を迎えたくなかったはずなのに、どうしてこんな風に人生の終末期を過ごしている人が多いのか?

 

それは、自分を育てることを怠ったせいです。

 

 

  • 勉強するお金がなかったから
  • 子供を育ててたから
  • 親の面倒をみてたから

 

誰からも突っ込まれない綺麗な言い訳を用意したところで、それが年老いてからの豊かな雇用を持ってきてくれるわけじゃないことは火を見るより明らかです。

そんな優しい世界はここにはありません。

 

まだ、無理が効く。

まだ、ひどい腰痛に悩まされていない。

まだ、破滅的な災害が訪れていない。

まだ、緩やかに感染し、確実に死ぬ感染症が流行っていない(←これはもはやわかりません)

まだ、なんとかなるうちに『持ち駒を増やす』ための行動をしないとダメなんですよ。

今回、つくづくそう思いました。

 

「二兎を追う者は一兎をも得ず」

ということわざがありますが、これはもはや時代遅れですね。

 

 

今風にアレンジすれば

一兎をまず確実に捕まえた後、

一兎目の耳を捕まえつつ、二兎目を捕まえるための罠を作り、

捕まえた兎を料理して店として提供しつつ、

兎の捕まえ方をネットで発信、

兎を追い回す中で見つけた原価の低い商材を販売して種銭を作り、

生まれた時間と資金を将来のスキルアップに繋げるために再投資。

 

うん、長いな(笑)

なにはともあれ、今回の新型コロナウィルスによる感染症でとりあえず死んでいないことを、ただのラッキーか、次までの準備期間として捉えるか。

この後の身の振り方で大きく変わってくると思います。

スーパーのレジ打ちなんて、ほとんど沈むことが確定している仕事に時間を割くよりも、より自分らしくいられる手駒を増やすことに時間とお金を投資できるかで、

やがて来る次の災害や、必ず訪れる老いの中、健やかに乗り切れるかどうかが変わってきます。